太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
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特集★訴える戦跡
終戦から78年、世界ではまだ戦争の惨禍が続いています。日本が戦時下にあった時代を知る人が少なくなる中で、あの戦争を見つめ直します。
各界の著名人らがそれぞれの「戦争」を語る
戦後75年にまつわる記事を時系列で
The Japan News
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継ぐ戦後75年(中部発)
戦後75年 体験談を聞く(栃木)
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特集です。
太平洋戦争の終結から78年。
先日、NHK山口放送局では戦時中に海軍でパイロットの教官を務めていた岩国市の100歳の男性を紹介しました。
戦争を後世に伝えるのは「人」だけではありません。
私たちの身の回りには、当時の記憶を今に伝える「痕跡」も残されています。
身近にある戦争の痕跡を訪ねました。
周南市の住宅街を流れる水路。
市から委託を受けた作業員が、水路脇のトンネルですくい上げているのは・・・。
「油です。毎日来ます。これ少ないですよ。まるで少ないです」。
実はこの油、かつてこの近くにあった海軍の軍事拠点から出ているとみられ、戦後78年がたった今も、流出が続いています。
太平洋戦争中、この水路の近くには、海軍が使う燃料の生産や研究などを担った「第三海軍燃料廠」のオイルタンクがありました。
郷土史によると、タンクは海軍が昭和11年に極秘裏に建設を開始。
5万トンの原油や重油が貯蔵可能で、少なくとも12基が設置されましたが、空襲で壊滅的な被害を受け、多くの人が亡くなりました。
終戦の翌年、タンクの底に残った油の回収作業を石油元売り大手、現在の「出光興産」が担うことになり、徳山出張所を開設。
会社が山口県に進出するきっかけになりました。
その後、タンクは撤去。
市民の憩いの場として整備されるのに伴い、地下の施設は埋め立てられました。
ところが水路脇のトンネルには油の臭いが今も充満しています。
地下のどこかに当時の油が残っていて、染み出ているものと見られますが、詳しい経路や残っている量はわかっていません。
水路の先の海では魚が死ぬなどの被害はなく、地下を掘り起こすには莫大な費用がかかります。
市としては毎日、油を回収し続けることしかできないのが現状だといいます。
「驚き驚き。もう70年も80年もたとうかというのに未だにこういう作業するじゃないですか。びっくりです」。
徳山に残る戦跡についてもっと知りたいと専門家を訪ねました。
「よろしくお願いします」。
全国の空襲を研究している工藤洋三さんです。
およそ40年にわたって調査を続け、多くの戦争体験者や遺族から直接、話を聞く中で、こんな物も見つかりました。
水路に油が流出している原因と見られる、「第三海軍燃料廠」に通っていた徳山中学校の男子生徒の遺品です。
男子生徒は燃料廠で空襲に遭い、命を落としました。
遺体だけでは見分けがつかずポケットに入っていた定期券と身分証明書のおかげで身元が特定でき、家族の元に帰ることができました。
「中学生くらいになると学徒動員ということで県内のいろいろな工場に働きに出たと。中には普通の労働者もいたし軍人の方もいらっしゃったんだけど、そういうのは全く区別なしにね空襲っていうのは犠牲にするわけですから非常に悲惨なもんだなと思いましたね」。
さらに工藤さんは、いまも毎年のようにアメリカに渡り、多くの史料を掘り起こしています。
その中ではこんな動画が見つかりました。
終戦からわずか半年後の徳山の映像です。
空襲の破壊力や当時の日本の文化などを調べるため、日本に派遣されたアメリカの調査団が撮影していました。
掘り起こした松の根から油を取ろうとする作業。
日本軍は、不足する戦闘機の燃料の足しにしようと、多くの国民を動員して松を切り、油を搾り取りました。
質が悪く、戦闘機の燃料には適さなかったものの、農業用の発動機の燃料としては使えたため、戦後もしばらく、こうした光景が見られたということです。
工藤さんは集めた記録の数々を多くの人に知ってもらおうと、定期的に本にまとめて出版。
その売り上げでまた渡米して史料を集める生活を繰り返しています。
当時を知る人たちが減り戦争を語り継ぐことが難しくなる中、戦争の記憶をとどめる痕跡や記録が、ますます重要になっていると感じています。
「“人から物へ”ってことをよく言われるんだけれども、結局、体験を語っていく人がどんどん少なくなっていくっていう。その中で戦争の遺構だけはある程度残っている、だから相対的に遺構の役割が大事になっていく。それを見て学んでそこから何かまた、教訓を得ていくような、そういうことが大事なんじゃないかなと」。
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